腰痛は多岐にわたる病態を含む「症状」であり、その原因は様々ですが、ご提示いただいた情報源からは、生活習慣病との間には意外な、しかし重要なつながりがあることが示唆されています。特に、骨粗鬆症を介した骨折リスクの増大という形で、生活習慣病が腰痛に間接的に影響を与える可能性が高いと考えられます。
骨粗鬆症と生活習慣病のつながり
「骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2015年版」は、様々な生活習慣病が骨粗鬆症発症や骨折リスク増大の合併症となることを明確に指摘しており、これらは「臓器相関による骨粗鬆症」と捉えられています。腰痛の主な原因の一つに脊椎の脆弱性骨折(椎体骨折)があり、これが生活習慣病によってリスクが高まることで、腰痛との間接的な関連が見えてきます。
具体的に関連が指摘されている生活習慣病とその影響は以下の通りです。
1. 糖尿病:
◦ 糖尿病の罹病期間が長く、HbA1cが7.5%以上とコントロール不良の場合や、インスリンを使用している患者では骨折リスクが上昇すると報告されています。
◦ 特に女性では、末梢骨骨折のリスクを1.5〜2.5倍に増加させるチアゾリジン薬のような治療薬もあります。
◦ 糖尿病による骨折リスク上昇の背景には、終末糖化産物(AGEs)の増加による骨質の劣化、インスリン抵抗性による骨芽細胞の機能抑制と骨形成の低下、皮質骨の多孔性増大による構造特性の低下などが挙げられます。
◦ 肥満を伴う2型糖尿病患者では、骨密度が保たれていても骨折リスクが上昇することが指摘されており、これは骨質劣化が原因と考えられます。
2. 高血圧症:
◦ 高血圧と骨粗鬆症は、交感神経系やレニン・アンジオテンシン系の亢進を介して骨形成抑制と骨吸収促進を引き起こし、骨代謝に悪影響を及ぼす可能性があります。
◦ 女性では血圧が高い群で大腿骨近位部骨密度が低い傾向が報告されており、高齢女性における高血圧は骨粗鬆症性骨折の危険因子となる可能性が示唆されています。
◦ 一部の降圧薬(ループ利尿薬は骨量減少、サイアザイド系利尿薬、β遮断薬、ACE阻害薬、ARBは骨折リスク低減)が骨折リスクを修飾する可能性も指摘されています。また、高血圧は転倒の危険因子でもあります。
3. 脂質代謝異常症(高コレステロール血症など):
◦ 動脈硬化症と骨粗鬆症は、酸化ストレスの増大や炎症といった発症・進展機序の一部を共有しており、骨質劣化を介して骨を脆弱化させることが注目されています。
◦ 酸化LDLが骨芽細胞への分化を抑制し、破骨細胞への分化を促進する可能性が報告されており、脂質代謝異常に伴う酸化ストレスが骨に悪影響を及ぼす可能性があります。
◦ スタチン製剤が骨折リスクを低減させる可能性も示唆されていますが、脂質異常症と骨密度や骨折リスクとの関連については、まだ一致した見解には至っていません。
4. 慢性閉塞性肺疾患(COPD):
◦ COPDは骨粗鬆症の最大の危険因子の一つとされており、その重症度が高いほど骨粗鬆症のリスクが高まります。
◦ COPDに伴う全身性炎症、低体重、サルコペニア、慢性炎症、低酸素血症、喫煙、全身性ステロイド薬投与、ビタミンD不足などが骨粗鬆症に関与します。
◦ TNF-αやIL-6などの炎症性サイトカインを介した骨吸収の促進、ホモシステインの上昇による骨質劣化が機序として挙げられます。
5. 慢性腎臓病(CKD):
◦ CKDは早期から骨折リスクが上昇することが示されており、骨粗鬆症の要素が加味されます。
◦ デノスマブや副甲状腺ホルモン薬などの新規骨粗鬆症治療薬の登場により、CKD患者でも骨粗鬆症治療薬の投与が考慮されるべきとされています。
6. 肥満(過体重):
◦ 骨粗鬆症ガイドラインでは、2型糖尿病における骨折リスク上昇の背景として肥満が挙げられています。
◦ 「変形性股関節症診療ガイドライン」や「変形性膝関節症診療ガイドライン」では、肥満(過体重)がそれぞれ股関節症や膝関節症の発症危険因子であると明確に述べられています。これらの関節症が進行すると、痛みによって活動性が低下し、腰痛を悪化させたり、新たな腰痛の原因となったりする可能性があります。ただし、「変形性股関節症診療ガイドライン」は、肥満以外のメタボリックシンドローム(高血圧、高脂血症、糖尿病)と股関節症の因果関係については否定的であるとしています。
7. 喫煙・飲酒:
◦ 喫煙や過度な飲酒は、骨質を劣化させる原因として、また骨粗鬆症性骨折の危険因子として明確に指摘されています。
まとめ
直接的な「腰痛」と「生活習慣病」の関連についての詳細な記述は限られますが、骨粗鬆症を介した脆弱性骨折(特に椎体骨折)のリスク増大という形で、糖尿病、高血圧症、脂質代謝異常症、COPD、CKDといった多くの生活習慣病が腰痛と間接的に深く関わっていると言えます。また、肥満は変形性股関節症や変形性膝関節症の危険因子であり、これらの関節痛が腰痛に影響を与える可能性も考えられます。
これらの情報から、生活習慣病の管理が単にその疾患自体の治療に留まらず、骨の健康維持や腰痛を含む運動器疾患の予防にも繋がるという、意外で重要なつながりが見えてきます。腰痛の診療においては、患者の生活習慣病の有無やそのコントロール状況も考慮に入れることが、包括的な治療において重要であると考えられます。