腰痛は、単一の疾患ではなく多様な病態を含む「症状」であるため、手術が必要となるケースは限られており、特定の判断基準に基づいて慎重に検討されます。一般的には、保存療法で効果が得られない場合や、重篤な症状・基礎疾患が存在する場合に手術が考慮されます。
手術適応の判断基準
腰痛診療ガイドラインにおいて、手術が必要な腰痛の主な判断基準は以下の通りです。
1. 危険信号(Red Flags)が存在する場合 「危険信号」とは、腰痛の背後に重篤な疾患が隠れている可能性を示す徴候であり、これらの症状がある場合は、直ちに専門医による詳細な検査と、原疾患に応じた治療(しばしば手術が含まれる)が必要です。具体的な危険信号を伴う疾患には以下のものがあります。
◦ 悪性腫瘍:原発性または転移性の脊椎・脊髄腫瘍など。
◦ 感染症:化膿性椎間板炎、脊椎炎、脊椎カリエスなど。
◦ 骨折:椎体骨折など。特に、骨粗鬆症による椎体骨折で麻痺などの重篤な神経症状を伴う場合には、インプラントを用いた脊椎固定術が検討されることがあります。
◦ 重篤な神経症状を伴う腰椎疾患:下肢麻痺や膀胱直腸障害(排尿・排便困難など)を伴う腰椎椎間板ヘルニアや腰部脊柱管狭窄症など。これらの症状は神経機能の緊急性を伴うため、手術的介入が必要となることがあります。
2. 保存的治療で改善が見られない場合 非特異的腰痛に対しては、通常4~6週間の保存的治療(薬物療法、リハビリテーション、物理療法など)が推奨されます。この期間で症状の改善が見られない場合、改めて危険信号の有無や心因性要素の評価、さらに画像検査や侵襲的な検査(例:椎間板造影、神経ブロックなど)による精密検査が行われ、原疾患の特定が試みられます。この過程で特定された治療可能な疾患に対しては、手術が選択肢となることがあります。
3. 椎間板障害に起因する腰痛が判明している場合 腰痛の病態が椎間板障害に起因すると判明している場合、脊椎固定術が疼痛軽減の治療法として考慮される可能性があります。特に、「椎間板造影で疼痛が誘発され、麻酔薬による椎間板ブロックで疼痛の消失が得られた患者」に対しては、その有効性が示唆されています。ただし、腰痛の病態が必ずしも明確ではない非特異的腰痛に対して、脊椎固定術の有用性を議論することは難しいとされています。
その他の留意点
• 手術療法の見解の混在:椎体形成術や後弯矯正術などの手術療法は、有効性がないとする報告と短期的除痛効果に優れるとする報告が混在しており、現時点では一定の見解が得られていないものも存在します。これらの手術の適応や方法は、個々の症例の状況に応じて決められるのが現状です。
• 代替療法としての位置づけ:脊髄刺激療法や脱神経療法などの治療法も日常診療で行われつつありますが、現時点ではエビデンスが不十分であり、積極的な第一選択肢として推奨される状況にはないと考えられます。
手術は、患者の全身状態、活動性、痛みの程度、生活への影響、そして治療への希望などを総合的に評価し、医師と患者の間で十分なインフォームドコンセントを得た上で決定されるべき重要な選択肢です。