腰痛は単一の疾患単位ではなく、多様な病態や疾患が存在する「症状」であり、その原因は一つに特定できない多面的なものです。そのため、腰痛の治療においては、患者一人ひとりの状態や病態に応じた保存療法が選択されます。初期の腰痛患者に対しては、通常4~6週間の保存的治療が推奨されており、その基本となるのが薬物療法、リハビリテーション、物理療法です。
以下に、これらの保存療法の役割について解説します。
1. 薬物療法の役割
腰痛診療ガイドラインでは、各薬剤とプラセボ(偽薬)を比較したランダム化比較試験(RCT)を中心に評価を行い、推奨薬とその推奨度が決定されています。薬物療法は、痛みの軽減と機能改善を目的として用いられますが、薬剤によっては効果や注意点が異なります。
• 非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)
◦ 役割: 急性・慢性腰痛、坐骨神経痛に対して強く推奨されます。疼痛改善および機能改善に有効であり、プラセボと比較して有害事象の発生頻度は高くないとされています。
• アセトアミノフェン
◦ 役割: 急性・慢性腰痛、坐骨神経痛に対して弱く推奨されます。疼痛改善および機能改善に有効ですが、NSAIDsと比較して効果が低い可能性も指摘されています。
• セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)
◦ 役割: 慢性腰痛、坐骨神経痛に対して弱く推奨されます。慢性腰痛および坐骨神経痛の疼痛改善、機能改善に有効性が示されています。
• 弱オピオイド(トラマドールなど)
◦ 役割: 急性・慢性腰痛に対して弱く推奨されます。疼痛改善に有効性が示された研究がありますが、機能改善については評価されていない論文もあります。過量使用や依存性の問題があるため、使用には厳重な注意が必要です。
• 筋弛緩薬
◦ 役割: 急性腰痛に対して弱く推奨されます。疼痛改善および機能改善に有効性が示されていますが、眠気やめまいなどの有害事象に注意が必要です。
• ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出含有製剤
◦ 役割: 慢性腰痛、坐骨神経痛に対して弱く推奨されます。疼痛改善および機能改善に有効性が報告されていますが、エビデンスの質は低いとされています。
• Caチャネルα2δリガンド
◦ 役割: 坐骨神経痛に対して弱く推奨されます。疼痛改善および機能改善に有効ですが、有害事象の発生頻度が高い傾向にあります。
• 三環系抗うつ薬
◦ 役割: 慢性腰痛に対する推奨度は設定されていません。これは、保険適用がなく、SNRIが利用可能な状況で積極的に推奨する必要がないという意見があるためです。坐骨神経痛に対しては有効性が認められなかった報告もあります。
2. リハビリテーション(運動療法)の役割
運動療法は腰痛の時期によって推奨度が異なります。患者の病態や状況に応じた適切な運動プログラムが重要です。
• 慢性腰痛に対する運動療法
◦ 役割: 慢性腰痛に対しては強く推奨されます。運動療法は疼痛、運動機能、健康状態、筋力、持久力、QOL(生活の質)の改善に効果があることが示されています。ただし、現時点では最も効果的な運動療法の種類や方法については明確な結論が得られておらず、長期的な効果も完全に明らかになっているわけではありません。
• 急性腰痛に対する運動療法
◦ 役割: 急性腰痛に対しては、無治療群や他の保存的治療と比較して疼痛改善や機能障害への効果は認められていません。むしろ、通常通りの生活を継続することが唯一の有益な介入とされています。
• 亜急性腰痛に対する運動療法
◦ 役割: 運動療法は腰痛に対する中等度の効果や復職に対する効果が示されていますが、痛みや機能障害の改善には効果が不明瞭な点もあります。集学的生物心理社会学的リハビリテーション(MBR)は改善が期待できるとされていますが、質の高い研究の蓄積が求められます。
3. 物理療法の役割
物理療法は、経験的に腰痛に有効と考えられてきましたが、個々の治療法に対する質の高いRCTは少ないため、エビデンスは限定的であり、明確な推奨ができない項目も多く存在します。
• 牽引療法
◦ 役割: 坐骨神経痛の有無を問わない腰痛患者において、短期的な効果が示唆された報告もありますが、長期的な効果は明らかではありません。委員会の投票では「行うことを弱く推奨する」とされています。
• 経皮的電気神経刺激(TENS)
◦ 役割: 腰痛患者の疼痛や機能改善に効果を示すエビデンスは不十分です。委員会の投票では「行うことを弱く推奨する」とされています。
• 温熱治療
◦ 役割: 急性および亜急性腰痛の短期間の疼痛および障害を軽減するエビデンスが報告されていますが、慢性腰痛に対する効果のエビデンスはありません。質の高い研究の必要性が指摘されています。
• 腰椎サポート(コルセット)
◦ 役割: 急性、亜急性、慢性腰痛に対する影響に関するエビデンスは限られており、慢性腰痛治療に利益をもたらさない可能性が示唆されています。皮膚病変や胃腸障害などの有害作用との関連も指摘されています。委員会の投票では「行うことを弱く推奨する」とされています。
• 超音波療法
◦ 役割: 腰痛治療を推奨するにはエビデンスが不十分であり、メタアナリシスでは疼痛や機能を改善しないことが示されているものもあります。
• 徒手療法
◦ 役割: 慢性腰痛の疼痛改善、機能障害、QOL改善に対して有用性は認められないとするメタアナリシスがあります。
• 鍼治療
◦ 役割: 慢性腰痛の疼痛改善、機能障害改善に有用性は認められないとするメタアナリシスがあります。
• マッサージ
◦ 役割: 慢性腰痛の疼痛改善には有用であるというメタアナリシスがあります。機能障害の改善には有効性が認められていません。短期間の治療効果が得られる可能性があります。
• ヨガ
◦ 役割: 慢性腰痛の痛み、身体機能、QOL改善において、無治療や通常のケア、運動療法に比べて優位性が示されています。
4. その他の保存療法(注射療法など)
薬物療法やリハビリテーション、物理療法以外にも、痛みの原因を特定し、直接的にアプローチする注射療法も保存療法の一つとして用いられます。
• 神経ブロック(硬膜外ブロック、神経根ブロック)
◦ 役割: 短期的には疼痛軽減に効果がある可能性がありますが、ステロイド添加が有意な鎮痛効果をもたらすというエビデンスは乏しいとされています。慢性腰痛に対する仙骨硬膜外ブロックは、短期および長期の疼痛改善に有効性があり、経椎弓間腰椎硬膜外注射も下肢痛を伴う慢性腰痛患者に中等度の鎮痛効果が報告されています。神経根性疼痛に対する神経根ブロックは短期間の効果に高いエビデンスがあります。
• 椎間板内注射
◦ 役割: 短期・中期的な鎮痛およびADL(日常生活動作)改善効果をもたらすことが示唆されています。
• 椎間関節注射および脊髄神経後枝内側枝ブロック・経皮的椎間関節枝ブロック
◦ 役割: 短期的および長期的な鎮痛およびADLスコア改善に有効である可能性がありますが、ステロイド添加による有意な効果増強は認められません。
腰痛の治療では、これらの保存療法を単独で、あるいは組み合わせて行います。患者さんの痛みの種類、期間、重症度、併存疾患、生活習慣、そして治療に対する希望などを総合的に考慮し、医療者と患者さんが協力して最適な治療法を選択することが重要です。ベッド上安静は非特異的腰痛では推奨されず、むしろ活動性の維持が重要とされています。